結論から書くと、業務マニュアルを AI で作るときは、画面操作の録画と担当者への聞き取りを材料に AI で初版の下書きを作り、担当者の確認と、別の人が初版のとおりに操作してみる確認を通してから共有する のが現実的です。AI が速くするのは、話した内容を文字にして、決まった構成に並べ直す部分です。手順が正しいかどうかや、担当者が頭の中でしている判断は、AI には分かりません。
担当者にゼロから書いてもらうと時間がかかり、本人には当たり前の手順ほど抜けやすくなります。録画と聞き取りなら、担当者は普段どおりに作業して話すだけで済みます。
全体の流れは次の6段階です。
- 対象業務・読み手・完成の形を決める
- 材料を集める前に、個人情報と機密の扱いを決める
- 材料を集める(録画、聞き取り、既存のメモ)
- 文字起こしと構成の下書きを AI で作る
- 人が確かめる
- 共有し、更新の担当と更新のきっかけを決める
この記事では、業務の棚卸しと AI に向く業務の選び方、ソースコードからの仕様の復元、社内チャットボットは扱いません。棚卸しの進め方は「中小企業の AI 導入、最初にやるのはツール選定ではなく業務の棚卸し」で説明しました。ここでは、棚卸しで「この業務のマニュアルを作る」と決めた後の手順を書きます。
手順1: 対象業務・読み手・完成の形を決める
最初に、何を、誰のために、どんな形で作るかを決めます。ここがあいまいだと、AI は一般的で長い文章を返し、使われないマニュアルになります。
- 対象業務と範囲: 1つの業務の、どこから始まりどこで終わるか
- 読み手: 新しく入った人か、休みの日に代わる人か。何を知っている前提か
- 完成の形: 画面ごとの手順書、チェックリストなど。置き場所も決めます
- 確認する人: 事実を確かめる人と、試しに操作してみる人
決めた内容は1枚にまとめます。後で AI への指示文にもそのまま使えます。
【業務】月末の請求書の発行と送付
【範囲】会計ソフトで請求データを確定してから、PDF をメールで送るまで
【読み手】経理を担当して間もない人。会計ソフトにはログインできる
【完成の形】画面ごとの手順書と、送付前のチェックリスト
【確認する人】現担当(事実の確認)、別の事務担当(試しの操作)
手順2: 集める前に、個人情報と機密の扱いを決める
録画や録音には、画面に映った顧客名や金額、話に出た個人名など、思った以上の情報が入ります。文字起こしに AI のサービスを使う場合は、音声そのものが AI への入力になります。そのため、材料を集める前に扱いを決め、担当者にも伝えておきます。
- 録画: テスト用のデータで操作してもらいます。本番の画面しか無いときは、後でスクリーンショットの顧客名や金額を塗りつぶします
- 話し方: 顧客名や取引先名は実名で言わず、「取引先A」のように言い換えてもらいます
- Excel やメモ: 必要な列だけを残し、サンプルの行は架空の値にします
- ID とパスワード: 入れません。マニュアルにも書かず、「社内で決めた管理方法に従う」とだけ書きます
入力してよい情報と使ってよいサービスの決め方は、冒頭で紹介した棚卸しの記事で、個人情報保護委員会の生成 AI サービスの利用に関する注意喚起(2023年6月2日)とあわせて説明しました。ここでは、契約しているプランで、入力したデータが学習に使われるか、どのくらいの期間保存されるかを確かめます。取引先から預かった資料は、秘密保持の取り決めで外部のサービスへの入力が制限されていないかも確かめます。なお、個人情報保護法は2026年7月に改正法が公布され、政令やガイドラインの整備が進んでいるため、社内のルールは施行に合わせて見直します。
手順3: 材料を集める(録画・聞き取り・既存のメモ)
材料は3種類です。
画面操作の録画。 担当者に、声で説明しながら実際の作業をしてもらい、画面を録画します。Windows 11 では Snipping Tool で録画できます(Windows ロゴ キー+Shift+R)。Mac では スクリーンショットアプリ(Shift+Command+5)で収録でき、「オプション」でマイクを選ぶと声も録れます。どちらの場合も、本番の前に短く試し録りをして声が入るかを確かめ、入らないときは録画と並行して別に録音します。録画からは、話した説明の文字起こしと、手順の区切りごとのスクリーンショットを使います。
担当者への聞き取り(録音)。 録画には、画面に出ない判断や例外が残りません。録音することを伝えて了承を得てから、次のように聞きます。
- この作業は、何をきっかけに始めますか
- 手を止めて考えるのはどこですか。何を見て決めますか
- いつもと違う扱いをする取引先やケースはありますか
- 画面以外に見るもの(紙の台帳、別のファイル、人への確認)はありますか
- 前に間違えたこと、間違えやすいところはどこですか
既存のメモや Excel。 手元のメモ、引継ぎのメール、作業用の Excel も集めます。古い内容が混ざることがあるので、いつ書いたものかを添えます。
手順4: 文字起こしと構成の下書きを AI で作る
文字起こしは、社内で使ってよいと決めたツールで行います。固有名詞、数字、画面の項目名に聞き間違いが無いかは、構成に進む前に担当者が確かめます。そのときに、残った個人名や取引先名を【担当者】【取引先A】のように置き換え、スクリーンショットの顧客名や金額を塗りつぶしてから、構成の指示に進みます。
構成は、目的、前提(必要な権限や資料)、手順、判断の分かれ目、例外、よくある間違い、の順に固定します。指示文の例です。
次の材料から、業務マニュアルの初版の下書きを作ってください。
材料: 操作しながらの説明と、聞き取りの文字起こし、既存のメモ
業務と読み手: (手順1の1枚を貼る)
構成: 目的/前提/手順/判断の分かれ目/例外/よくある間違い
- 材料に無いことは補わない。分からない箇所は最後の「確認事項」に入れる
- 手順は1行に1つの操作。画面やボタンの名前は文字起こしのとおりに書く
- 判断の分かれ目は「〜の場合は〜する」の形で書き、根拠の発言を添える
- 材料どうしで食い違う箇所は、両方を並べて「確認事項」に入れる
下書きを受け取ったら、まず最後の「確認事項」を読み、担当者に聞く項目にします。材料に無いことや食い違いが、ここに集まるように指示しているからです。
AI が苦手なこと
- 暗黙の判断: 「この取引先は金額を電話で確かめてから送る」のような判断は、話に出なければ材料に残りません
- 画面に出ない例外: 紙の台帳を見る、上長に確認する、といった作業は録画に映りません
- 理由と経緯: なぜその順番なのかは、担当者にしか分かりません
- もっともらしい補い: 材料に無い手順を、一般的な知識で埋めることがあります。手順2で紹介した注意喚起でも、応答結果には不正確な内容が含まれることがあると指摘されています
聞き取りの質問を判断と例外に寄せているのは、このためです。
手順5・6: 人が確かめ、共有と更新の仕組みを決める
手順5: 担当者の確認と、別の人による試し
AI の出力は、確認前の下書きとして扱います。
担当者が事実を確かめる。 「確認事項」に答えてもらい、手順の抜け、用語、判断の条件が合っているかを見てもらいます。
別の人が初版のとおりに操作してみる。 業務を知らない人に、初版だけを見て作業してもらいます。担当者は口を出さずに、止まった箇所を記録します。テスト用のデータや、社内宛てへの送信で試せる場合はそちらを優先します。本番のデータで試す場合は、確定や送信の前に担当者が止め、その先は担当者が操作して見せます。
| 止まった理由 | 直し方 |
|---|---|
| 手順が書かれていない | 担当者に聞いて足す |
| 意味が分からない | 用語を説明するか、画像を足す |
| 画面が違う | 撮り直す。条件で変わるなら分かれ目として書く |
試した人が質問せずに最後まで終えられたら、初版の完成です。
手順6: 共有と更新
冒頭に作成日、最終確認日、確認した人を書いて共有します。そのうえで、更新の担当を名前で決め、更新のきっかけを決めておきます。
- システムの画面や操作が変わったとき
- ルール、取引先、担当が変わったとき
- マニュアルのとおりにやって、間違いや質問が出たとき
元の録画と録音を、どこに、いつまで残すかも決めます。整ったマニュアルは、社内チャットボットの参照先にもなります。その場合に決めることは「社内向け AI チャットボットを入れる前に決めておく5つのこと」で扱っています。
h-system でできること
h-system の AI 導入・活用コンサルティングでは、「何から始めればいいか分からない」という段階からご相談いただけます。業務の課題を伺って AI を使えそうな方向性をお伝えし、必要に応じて有料の AI 業務診断で、AI を使える候補・課題・優先順位を整理します。文字起こしと要約、資料のたたき台作りといった事務作業の効率化や、マニュアルや過去の資料を検索・要約できる仕組みの導入、運用ルールの整備まで、開発者である代表が直接対応します。初回相談(オンライン30分程度)は無料です。